どっから説明すればいいかよくわからないんですが。すごく入り組んだ
話なんです。とにかく、近いとこから時間を逆にして話していきます。
昨日の土曜日、ネットをやろうと思ってパソコンに向かったんです。うちは
スマホ買ってもらえないけど、その分、自分の部屋でネットができるんです。
でね、パソコンを開いたら、メモ帳のアイコンがあったんですよ。
このノートパソコンは父のお下がりで、僕しか使ってないのに、
見覚えのないメモがデスクトップに保存されてたってことです。
「変だなあ」と思いながら開いてみました。
そしたらこんな内容が書かれてあったんです。「○○通りのローソンの近くの
橋のらんかんのぎぼしの下に貼ってあるお札を、8日の午後3時を過ぎたら
2枚はがす 必ず 必ず 必ず 必ず 必ず 中山から伝言」
わけがわかりませんでした。だって中山というやつに心当たりがなかったんです。
クラスにも、サッカー少年団にもそんな名字のやつはいなかったと思いました。
でも、気になる内容ですよね。「○○通りのローソンの近くの橋」というのは。
家の近所の人しか通れない橋なんです。
「ぎぼし」というのがよくわからなかったので、検索してみました。
これ「擬宝珠」って書いて、橋の欄干に取り付けてある、タマネギのような
飾りのことなんですね。それだったらわかります。その橋は木造で、
先がとがった飾りがついてて、よく通るときになでたりしていましたから。
「お札をはがす」というのはどういうことかわかりませんでしたが、
「必ず」という文字が5回くり返されているので大事なことなんだろうと考え、
行ってみることにしました。時間は3時を少し回ってましたし。
自転車だと5分もかかりません。旧道に架かった古い橋なんです。
そのときも、土曜日というせいもあってか、ほとんど通ってる人はいませんでした。
で、擬宝珠って4つあるんです。橋のこっち側に2つ、通った先にも2つ。
順番に回ってみました。そしたら、向こう側の両方の擬宝珠の丸くくびれた
下のほうに、細長い紙が貼られてあったんです。かがんで見ると、
墨で呪文のようなのが書かれてましたが、読めませんでした。とにかく
はがそうとしたんですが、かなりしっかり貼りついていて上手くいきませんでした。
それで、いったん家に戻り、ぞうきんを湿らせたのを持ってもう一度橋に
行きました。それで濡らして、しばらくすると端のほうが浮いてきたので、
べりっという感じではがしました。そのとき、変な感じがしたんです。ほら、
何かを思い出そうとして思い出せないときってありますよね。あんな感じです。
で、もう一方もはがしたんですが、それで思い出したんです。何を? って、
中山ってやつのことです。5年生で同じクラスで、ミニバスやってるやつ。
ええ、さっきは心当たりがないって言いましたが、ホントに記憶になかったんです。
それがお札を2枚ともはがした瞬間に、急に思い出したってことです。
それと、金曜日の夕方に中山に会ってるってこともです。
あれは5時過ぎくらいでした。スポ少の帰り、この橋を通りかかったとき、
中山が橋のたもとにいたんです。顔は知ってたので「よう」とか言いました。
中山はこっちを見て「あ、ちょっと待って。頼みがあるんだ」と言って僕を
呼び止め、「今、お札貼ってるんだ」って言いました。見ると確かに、
手に細い紙を持ってたんです。「お札って何?」僕が聞くと、「じいちゃんに
言われたんだ。ここの丸いやつの下に貼ってこいって」そう答えました。
「何のためにそんなことするん?」 「詳しくは知らないけど、今晩何か
悪いものが家に来るってじいちゃんは言ってた。それがこの橋を通るんで、
俺の家がどこだかわからないようにするためのお札なんだよ」
意味がまったくわかりませんでしたが、中山がまだ言いたいことがある
感じだったので、チューブ糊でもう一枚を貼るのを見てました。
中山は「悪いけど、明日の午後の3時過ぎたら、このお札2枚ともはがして
くれないか。その時間だと、もう悪いやつはあきらめて帰ってるはずだって」
「いいけど、自分ではがすのはダメなん?」 「誰もはがす人がいなかったら、
俺がはがしにくるけど、悪いやつに見られるかもしれない」
「明日の午後は特に予定ないし、簡単なことだからいいよ」そう言うと、
中山はほっとしたような顔になって、
「ここ同級生か誰か通りかかったら頼もうと待ってたんだ。お前が来てくれて
よかった。信用できるからな。あと、もう一つ。家に戻ったらメモに、
「明日の3時に橋の欄干のぎぼしの下のお札をはがす って書いておいてくれ」
「そんなの忘れないけどな。ところで・・・ぎぼしって何?」
「この丸いやつのことだよ。もともとはお地蔵様が手に乗せてる玉なんだ。
それと必ずメモしてくれ。パソコンとかにでもいい。何でかっていうと、
あと1時間もすれば、この町・・・というか、世界中の人が俺の一家の存在を
忘れてしまう。最初から、この世にいなかったことになるんだ。
そうじゃないと悪いやつに見つけられてしまうから」
「見つかったらどうなるの?」
「わからないけど、死ぬんじゃないかな。俺の一家全員」
こういうやりとりをしたことを思い出したんです。はがしたお札は
川に捨てるように言われたと思ったので、橋の中央から投げ捨てました。
お札はひらひらと舞って、少なくなった水の中に落ちました。
家に戻って部屋に入ろうとしたとき、母が、「あ、あんた帰ったの。
ちょうどよかった、中山くんから電話だよ」と言いました。
出てみると中山の声で「お札はがしてくれたんだな。助かった。
もう少ししたら、自分ではがしに行こうかと思ってたとこだよ」
「あれ、本当だったんだな。お札はがすまでお前のことを完全に忘れてたぞ。
それで悪いやつは行ってしまったん?」 「いや、悪いやつは、
自分の仕事を果たせなかったから、もうすぐ死んでしまうらしい。
あの橋を通れなかったから、あのあたりで死ぬんじゃないかな」
こんなことを言い、「そうだ、明日、日曜でスポ少ないよな。
いっしょにあの橋まで見に行ってみないか」
こう続けたんです。「すげえ、面白そうだな。あの橋で死んでるんか?」
「はっきりしないけど、たぶんあのあたり。そうだな9時に待合わせしないか」
それで、今日の9時前に橋まで行ってみたんです。
そしたら中山はもう来てて、橋の真ん中に立ってました。僕に気づくと、
手を振って、「おい、やっぱり死んでるぞ。川の中だ」と言いました。
駆け寄って見下ろすと、橋げたのとこに、40cmくらいの生き物が
ひっかかってました。うつぶせになっていて、黄色っぽいカエルみたいでした。
「ザマミロ、死んじまった」中山がそう言って、持っていた大き目の
石をぶつけました。石はその生き物の肩のあたりにあたって、
一瞬ぐるんと裏返って腹のほうが見えました。
そしたら、ちらっと見えた腹には、ごわごわした黒い毛が生えてたんです。
「うわ、気味悪いな。なんだよあれ。図鑑でも見たことない生物だよな」
「この世の生き物じゃないんだよ」
・・・こんな感じだったんですよ。
その生き物ですか、怖かったけど興味もあったので、
昼過ぎにもう一回一人で見にいったんです。
そのときには、もう沈んでしまったのか、見つけることができませんでした。