NHKドラマ「しあわせは食べて寝て待て」感想 | 悠志のブログ

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ぷくぷくぷくぷくぷくぷく。

 

 制作統括:小松昌代・渡邊 悟

 原作:水凪トリ

 脚本:桑原亮子・ねじめ彩木

 演出:中野亮平・田中健二・内田貴史

 

 見れば見るほど、空気の良さを感ずるドラマであった。

 主人公は麦巻さとこ(桜井ユキ)。彼女は難病指定されている病気:膠原病を患ってしまい、キャリアウーマンとしての道を諦めざるを得なくなってしまった女性。勤めていた建設会社を辞め、デザインの会社の事務職に転職。パートで週4日しか働けない毎日。住んでいたマンションの更新もかなわず、部屋を引き払い、団地に引っ越してきた。その団地で出会った大家さん:美山鈴(加賀まりこ)や、同居している青年:羽白司(宮沢氷魚)と親しくしているうちに、彼らの食生活・薬膳料理を知り、病気のために暗く閉ざされていた人生が、徐々に明るい方向へ解放されてゆく。

 38歳、独身。体調は季節の天候の変化にも関係しているようで、雨の季節には関節が痛み、陽気がいいと体調もいいようだが、冬になると抵抗力が減退するので、毎日のように風邪を引いてしまって熱が下がらない。つらつら思うに、気分が落ちると身体が痛い。身体がつらいと気分が落ちる。心と身体は繋がっていると痛感。

 見れば見るほど、桜井ユキの演じぶりが快い。原作はどんなものか読んだこともないが、脚本に描かれた〈さとこ像〉と、桜井ユキの存在感のマッチングが絶妙なのだ。そして90歳の老女を演ずる加賀まりこと宮沢氷魚も役柄にぴったり。加賀まりこは若く、90歳にはとても見えないが、そこがいいのだ。この3人の醸し出す空気が非常にいい。こういう空気のいいドラマは幾度繰りかえして観ても快い。

 このドラマ。食事のシーンが非常に多い。登場したどの料理もおいしそうで思わず食べたくなってしまうのも、このドラマの魅力だ。さとこが料理に癒され、病気が悪いながらも快方というほどではないにしても、寛解に近い状態まで持っていけている様子がよく描かれている。

 さとこの職場の雰囲気もいい。唐デザイン事務所の代表・唐圭一郎(福士誠治)やマシコヒロキ(中山雄斗)、巴沢千春(奥山葵)、それから事務所によくやって来るギンナン舎の青葉乙女(田畑智子)らとさとことの人間関係も、さとこのことを憎からず思ってくれている様子が伝わってくる。

 

 好きな場面は、振り返ってみると数え切れないくらいある。書き出してみたらあまりにも多くて、好きな場面だらけだった。以下にそれを記すけれど、読みたくない人は読まなくていいです。

 やはり、第1話でいちばん印象的なこの場面から書かねばなるまい。

 転職して、収入の減ったさとこがマンションを引き払うため、団地のアパートの内見に来た場面。風邪のため急な頭痛に見舞われて、頭を押さえていたら、大家の鈴さんが、「頭痛にいいもの、もってきてあげる」と言って、大根のスライスを手にして出てきた。さりげなくやり過ごそうとするものの、階段を降りかけて、立ちどまって引き返し、この大根をかじる。大根の辛いところを齧って、鼻に辛い空気を通し、すーはーすーはー。こんなことがほんとうに頭痛に効くのかと、半信半疑だったけれど、建物を出て、おもてを歩いてゆくうちに、ほんとうに頭痛が治ってしまった。思えばこの場面が病の影に暗く閉ざされた、さとこの心を明るい方へ向けさせてゆく、小さくとも見逃せないきっかけであったのかと思う。

 後日、このアパートを再訪すると、棟の出入り口のところで大家の鈴さんにまたも会うさとこ。きょうも鼻風邪を引いている彼女に、鈴さんが風邪にいい鶏団子スープをご馳走する話になった。だが、いざ行ってみると、スープを調理していた司さんに「お年寄りのいる家に風邪を引いた人が御呼ばれに来るなんて非常識です」などと言われてしまった。思わず、すみません、と逃げるようにバス停まで来て、

 「常識的な気遣いもできない。私は自分のことばっかりだ」と自分を責めるさとこ。そのすぐあとで、あとを走って追ってきた司さんが、鶏団子スープの入ったスープ・ジャーをさとこに手渡す。べつに司さんは悪意があってあんなことを言ったわけではないことがはっきりした場面だった。昨今のスープ・ジャーは性能がいいから、まだ熱々なのがはっきり分かった。

 新居で、引越しの荷物を取り出している途中で疲れて寝てしまったさとこが、やがて目覚め、

 「ここ、どこ?」と、自分の居場所がわからなくなっていたものの、次第に新しい部屋だということに気づいて、満面の笑顔で部屋を見廻す場面。立ち上がったさとこのすがたがあまりにも愛らしかったこと。

 第2話。床の拭き掃除をしていたさとこが、掃除の最中に、

 「あ、無理」と言って、くずれおちてしまう場面。

 この場面、好きなシーンというよりも、たまらない愛おしさを感ずるシーンになっていた。男性は、こういう処を見てしまうと、保護本能をかきたてられずにはいられないのだ。

 同じく第2話。唐デザイン事務所にやってきた青葉さんに陳皮(干した蜜柑の皮)入りのジャスミン茶でもてなすさとこ。青葉さんにこのお茶のことを明かすまえに、彼女にひらーっと近づく桜井ユキの様子がとてもいい。陳皮入りジャスミン茶は気のめぐりをよくしますと、蘊蓄を語るさとこに「気とか怖いし」という唐さんの様子もいい。

 キャリアウーマンだった頃と、生活上何処が大きく変わったか。それは週4のパートで働いているため、余暇がたくさんあること。だからお弁当作りにも時間を割くことができ、日常も出来合いのものを食べず、手作りの健康にいい薬膳をつくれる余裕がうまれたこと。生活は苦しいけれど、団地生活ならではの隣人たちとの人間関係が上手く行っていることで、自然な〈おすそわけ〉が日常的に行われていること。それで家計が苦しいなりに薬膳の生活が成り立っている。それらすべてがさとこの人生を明るい方に向けていること。ものごと考えようなのだ。

 ほんのちょっとした場面なのだが、穴のあいたニットの靴下に切れた電球を入れ、赤い毛糸で繕うさとこの場面。生活のこんなほころびも、繕ってしまえば、〈毎日の彩り〉になる。そんなゆたかさをこんなセリフのない場面で演出は示してくれていた。

 第3話冒頭の夏の場面。27℃に設定されたエアコンの下でソファに薄いタオルケットを被って寝ているさとこの場面。いぎたない様子だけれどあどけないというか、寝姿が何とも言えず、いい。

 同じく第3話。かつて団地に暮らしていた佐久間さん(大西多摩恵)の5階の部屋から小鳥の子育て(セグロセキレイだろうか?)をみる場面。大家の佐久間さんに「窓から小鳥の子育てが見られます」なんて一文をフォトとともに添えたら、なんていうアドバイスをするなんて、前に勤めていた建設会社での経験が、無駄になっていないなと思った。

 デザインをクライアントに見せるたび、NGをくらい、落胆が高じて〈マイヨールの「夜」〉みたいになっていると巴沢さんから指摘されるマシコさんの場面。これは好きというか、巴沢さんの趣味・専門分野(大学で何を学んできたか)がよく伝わってきておもしろかった場面。

 那須塩原温泉への真夏の社員旅行で、着いてすぐお風呂に行きたがるさとこ。でも、「ダメだよ、着いてすぐの入浴はからだに負担がかかるから」と言われて唐さんと温泉饅頭を頂く場面。そのあとの露天風呂を独り占めする場面。裏山が緑一色で、新鮮な空気がふんだんに味わえている様子が伝わってくる(この場面。実は真冬に収録したそうだけど、全然わからず、暑さしか感じられなかった。演出と撮影班の上手さを感じた)。その夜の4人の宴会の場面。大きな会社じゃないから、宴会芸なんか見せなくてもいい、くつろいだ雰囲気で巻狩り鍋を頂きながら(ここも巴沢さんが文学部乗りで源頼朝の那須の巻狩りのことを披露するのが面白かった。巴沢さんは他にも石田三成の薬膳めいた話や大村益次郎の逸話を話したり、文学部出身?というだけでなく、日本史マニアなのかも知れないと思った)、唐さんがむかしバンドをやっていて、ブルース・ロックのベーシストだったと明かす場面。ミュージシャンだったというのはカッコいいけれど、ベーシストというのは地味という、カッコいいんだか悪いんだかわからない話題で盛り上がるのがいい。

 そして、旅行から帰って、頂きものの新米(さとこのお蔭で部屋に借り手がついたお礼なのだ。こういうところ、あまり社交的ではないさとこを社交的にさせている鈴さんの存在の重さ、と言ったら大袈裟のようにも聞こえるが、それを感じた)でつくったお粥を頂く場面。

 第4話。佐久間さんの部屋に越してきた、団地の新しい店子、イラストレーターの高麗なつき(土居志央梨)。仕事にかまけて、引っ越しから幾日も経っているのに、鈴さんに頂いた天麩羅を食べ、蕎麦をたぐりながら、今更ながらに「そう言えば引っ越し蕎麦、未だだった」と気づく場面。

 食事の場面はどれも好きな場面なのだが、殊に青葉さんと行った小料理屋でとろろ定食を頂く場面。ここで青葉さんは〈ネガティヴ・ケイパビリティ〉のことを口にした。ネガティヴ・ケイパビリティとは、自分ではどうにもならない状況を、持ちこたえる能力のことをそう呼ぶらしい。

 自分の部屋のうちのひとつをレンタルルームにしたさとこ(それを決意する前に観ていた映画がビリー・ワイルダーの「アパートの鍵貸します」というのも象徴的でおもしろい)。その最初の客である目白弓(中山ひなの)。同じ団地に住む女子高生なのだが、部屋で勉強も夜更けまでできないし、すでにベッドで寝ている弟に灯がまぶしいから消してと五月蠅がられるし、ダイニングで勉強すると、ソファに寝ころがって父親がお笑い番組を大きな音でかけながら、大声でゲラゲラ笑っているし、おまけに父親の煙草の所為でニキビが治らないし。これで一人前の父親づらするとは片腹痛い。弓ちゃんはストレスがたまる一方なのだ。学校でもあの様子だと、クラスメイトからハブられているようだし。

 雨の日。下校中雨にうたれ、空気の抜けた自転車を引きずりながら歩く弓ちゃん。さとこのアパートの棟に備え付けの空気入れで空気を入れても一向に膨らまないタイヤに、

 「どうでもいいし」なんて拗ねる弓ちゃんだけれど、そんな弓ちゃんにさとこは言うのだ。

 「どうでもいいってことはないでしょ。ネガティヴな言葉が口癖になると厄介だよ。言葉につられて気持ちまで落ち込むから。だからね、ネガティヴなことを言っちゃったら、こう付け足すといいよ。『な~んて、嘘だけど』とかさ」。

 この場面、ほんとうに印象的で、雨に曇った心のどこかに、青空が覗いたような気がした。このドラマの中でもいちばんの名セリフだと思った。そのあとの司の助太刀(虫ゴムの交換)も印象的。

 弓ちゃんはレンタルルームを借りられたことで、人生観も変わったんじゃないだろうか。高麗さんと高円寺に行って、素敵なワンピースが買えたし。そのワンピースを見せてくれた、一切しゃべらない店のお兄さんもすばらしい。

 第5話。山へハイキングに行ったさとこが、司から彼の両親のことを聞き、つらい境遇にあったことを知って、ついお弁当の栗御飯の栗を差し出す場面。その差し出すしぐさがいい。こういう処に、さとこの一途な優しさが表れている気がした。

 司と鈴の出会いの場面。団地の近くの土手の下でテントを張って、風邪で寝込んでいる司に、あったかいスープを飲んでもらおうと、土手の上を駆けてくる鈴の場面。ご老体ながら、司のことを援けたいと必死だったのだ。

 公園でブランコに坐って、しょんぼりしている弓ちゃんを見かけたけれど、スマホで音楽を聴いている様子だったから、つい声をかけそびれる場面。そばにいてやっても、何もしてやれない。ただ見守ることしかできないときもある。辛いシーンだったけれど、きもちは痛いほど伝わってきた。

 第6話。八つ頭仁志(西山潤)さんと、反橋りく(北乃きい)さんの出会いの場面。

 ソイラテを飲み、サラダを食べる。ベジタリアンの食べるようなものを二人して食べていたので、帰りの夜道でりくさんが声をかけたのだ。八つ頭さんは言った。

 「ベジタリアンではないです。SNSで、ペットの鶏を飼ってる人をフォローしてて、その人の投稿を見ているうちに、鶏ってなんて感情豊かな生きものだろうと思いまして。卵を産むときも、つらそうだったりして、私なんかが食べてしまってもいいものだろうかって」。この言葉を聞いて、何て優しい人なのだろうと、りくさんは思ったに違いない。

 鈴さんに移住の話をあきらめた話をした時、鈴さんとのやりとりの後で、さとこがベランダで下記のように独りごちる場面。

 「私だっていまの団地暮らしは好きだし、鈴さんと一緒にいたいですよ。それでも、何かに挑戦できる自分でありたかったんです」。

 これをかたわらで司がずっと聴いていたことにも気づかず。この場面、演出的にとてもおもしろいと思った。

 そのすぐ後に、さとこの部屋のドアノブに鈴さんの〈新作(おそらくこの後のシーンにすぐ出てくる綿入れ)〉と、温泉の素と金柑の包みがぶら下っていた。司の心遣いが沁みた。

 金柑の甘露煮をつくるさとこができたての甘露煮を、試験勉強に部屋を借りに来た弓ちゃんにひと口頬張らせる場面も好きだった。

 第7話。鈴さん宅での会食の潮汁の場面。鯛も筍もお米もいただきもの。そして具材を捨てるところなく使い切ってお料理をつくる献立に感心した。

 ウズラさん(宮崎美子)の生き方。スーパーの見切り品で絶妙なイタリアンをつくるウズラさんの、ライフ・スタイルの豊かさに魅了された。

 第8話。髪をカットした八つ頭さんと反橋さんとのバス停でのやりとり。元々が八つ頭さんの〈人間の良さ〉に心から惹かれたりくさんである。りくさんの言葉には八つ頭さんへのやさしい感情がにじみ出ていた。

 兄の家に母:惠子(朝加真由美)の忘れたスマホを届けに来たけれど、会わずに、門前のドアノブにスマホをぶらさげて立ち去るさとこに気づいて、門前まで出たけれど、「丈夫に生んであげられなくてごめんね」とそのうしろ姿に呟いて、悲しみに暮れる惠子の場面。

 最終話。自分の耳鳴りに気づいて、それに対処すべく、若布入りのおでんを作って食べるさとこの場面。このおでん、鶏の手羽元も入っていて、僕の作るおでんによく似ていて共感できた。僕のおでんは手羽先も入れる。じっくり煮込むと軟骨までほぐれ、食べやすくなるのだ。コラーゲンいっぱいだ。

 集会所をリフォームし、カフェやレストランを商いながら、美術作品の展示場・販売所も兼ねて、働きたい人が働ける場・団地のひとびとの憩いの場をつくろうと模索するさとこ。さとこは元々、建設会社で働いていたから、こういう類の企画は専門分野だろうと思う。団地の理事会にはかったら、一旦は反対多数で頓挫してしまったけれど、唐デザイン事務所で、もう一度マシコさんから、レンタル・スペースのコミュニティ・デザインの話を持ち掛けられるさとこ。団地の世界をもっと活動的にするデザインの在り方・街を生まれ変わらせる方法として、自治体から地域の補助金をいただき、資金面からも計画を成立させる考え方にもってゆくのを、唐さんからひとつのアイディアとして提示された。この計画。あり得ない計画ではない。上手くやれば上手く行くんじゃないかと思わせる。その空想の世界を具体的に思い描いている〈夢みるさとこ〉の場面。鈴さんをして、「あなた、変わったわね」と言わしめた、この場面はほんとうに快かった。そして、こんな時こそ司さんにそばにいてほしい。司さんなら建設的な意見を何か言ってくれるのではないかと思った。

 そして、鈴さんと、そろそろすき焼きを食べましょうかの話で盛り上がっていたら、司さんが長葱をもって帰ってきた場面。この場面。まるで鴨葱。鈴さんのすき焼きを予期していたかのよう。このラストシーンには、さとこと司のあいだに明るい未来が広がってゆくような心地よさを感じた。レンタル・スペースの計画も、司の助言があればきっと上手く行くんじゃないか。そう思わせる〈何か〉がそこにあった。

 評価:Aマイナス(☆☆☆☆☆)

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